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有機体論的世界観

流水

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中川 光弘 香川県に生まれる。 東京大学農学部農業生物学科、農業経済学科卒業。博士(農学)。 農林水産省アメリカ・オセアニア研究室長を経て茨城大学農学部教授。 現在は茨城大学名誉教授、東京日野国際学院副校長。
有機体論的世界観

文科省の報告によると、2024年度の小学・中学校の不登校生徒数は35万4千人で、12年連続で増加を続けている。不登校生徒数の増加は、2015年ごろからその傾向が強まり、2015年度の12万3千人から9年間で3倍近くに増加した。

3年ごとに実施される「患者調査」によると、2023年の65歳未満の精神疾患による外来患者数は373万9千人であった。2014年の外来患者数は228万9千人だったので、9年間で1.6倍近くに増加している。

これらの統計値は、我が国の学童や青壮年の精神的ストレスが高まっていることを示唆している。ストレス(緊張)は、現実の自分と理想とする自分像とのギャップが大きければ大きいほど高まる。どうも我が国では理想とする自分像が高く設定され、現実の自分に安らげない社会文化的環境があるようである。この背景には、種々の要因が関係しているであろうが、世界観の適用誤謬の問題も大きいのではないかと考えている。

代表的な世界観には、「機械論的世界観」と「有機体論的世界観」の二つがある。そして現在圧倒的に影響を持っているのは機械論的世界観である。教育や医療、福祉、農業など生命が深くかかわる分野への機械論的世界観の一元的な適用が、種々の問題を引き起こしているのではないかと思う。

機械論的世界観は、機械をモデルとして自然や社会や人間をイメージするもので、全体は部分より構成されているとする要素還元主義的世界観である。有機体論的世界観は、生物有機体をモデルとしてイメージするもので、全体と部分は不可分相即の関係にあり、常に連関性を持って全一的に機能しているとする関係主義的世界観である。

我々が腕時計を分解掃除する時、まず腕時計を個々の部品に分解する。そして個々の部品を洗浄した後、部品を組み立て直すと、腕時計は再び動き始める。腕時計は「機械」であるので、部品に分解しても、部品を組み立て直しても問題は生じない。

これに対して、「有機体」である我々の身体は、個々の部分に分割すると、部分は全体から切り離された段階で機能を停止してしまう。部分を切り取られた身体自身も場合によっては死に至る。一度死んだ個々の部分を組み合わせても、身体が蘇ることはない。

この様に、腕時計の場合と身体の場合では、全体と部分の関係が大きく異なっている。しかし効率性を追求するあまり、人間が有機体であることを忘れて、教育や医療、福祉の制度設計が行われているのではないかと危惧している。有機体である人間の成長モデルを基準にして、社会システムの設計を行わなければ、現実の自分に納得して安らぐことはできないであろう。

機械に比べて有機体の特徴は、環境を含む他者との繋がりの中で成長し、種を継ぐことである。機械は孤立しても存続できるが、有機体は他との繋がりが切れると生きていけない。有機体は、個体レベルでも種レベルでも常に動態の中で存続している。

先日の「日本瞑想セッション」でアッチャラヤ(阿闍梨)のジョティ(Jyoti)先生は、ヒンズー文化圏では人間を5つの層の総体として理解していることを紹介された。ヒンズー文化圏では、ヨガの実践体験から、①肉体、②エネルギー体(エーテル体)、③感情体(アストラル体)、④叡智体(メンタル体)、⑤歓喜体(スピリチュアル体)の5層からなる人間モデルを伝統としているそうである。

アッチャラヤのアヌパム(Anupam)先生は、さらにこれら5層の働きを認知する「内なる光」の存在を説明された。Osho(和尚)は、これら5つの層の上位にさらに⑥宇宙体、⑦涅槃体があることを説明している。要するに人間は多次元的に成長する潜在力を秘めた有機体であることを解説している。

空海は「十住心論」で人間の心が①異生羝羊心(凡夫の羝羊のような心)から⑩秘密荘厳心(自己の心に曼荼羅の荘厳があることが自覚される心)まで10段階成長することを解説しているが、これも多次元的な人間成長モデルといえる。大乗仏教の唯識論も、心の根本煩悩、隋煩悩、極微細煩悩の退治を通じて、菩薩位や仏位に到達することを目指す人間成長モデルといえよう。

平板な機械論的な人間モデルではなく、成長や超越が組み込まれた有機体論的な人間モデルを基準とした社会システムの構築により、我々が生涯を通じて十全な成長を遂げ、生命の深みを実感して生きられる社会の実現が望まれる。

2025/11/25

Tags:内宇宙の旅

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