愚老庵愚老庵

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チベット高原

流水

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中川 光弘 香川県に生まれる。 東京大学農学部農業生物学科、農業経済学科卒業。博士(農学)。 農林水産省アメリカ・オセアニア研究室長を経て茨城大学農学部教授。 現在は茨城大学名誉教授、東京日野国際学院副校長。
チベット高原

チベットを40代と50代、60代に一度ずつ訪問した。四川省の成都から飛行機でラサに飛んでチベットに入るのだが、三回とも最初の二日間は高山病で苦しんだ。

高山病が残るなかポタラ宮を観光した。息を切らせながら坂を登りきり、菩薩や仏たちの部屋を巡礼した。チベットの仏像は背丈が高く、純金で覆われ、鮮やかな色彩を放っている。その日の夜は、ポタラ宮巡礼の記憶と高山病の影響で、まるで菩薩や仏たちが住まう曼荼羅の中に自分が立ち説法を聞いているような夢を見た。

チベットでは男の子が三人生れると一人は出家して僧侶となる伝統がある。他の二人は在家者の生活を送りながら、出家した兄弟の仏道修行を経済的に支援する。このためチベットには僧侶が多い。自治区全体が一つの大きなお寺のような印象を受ける。

仏教は2500年前にインドのブダガヤの菩提樹下で釈尊が悟りを開いたことに始まる。その後教団が組織され、仏教は発展した。しかし、7世紀に入るとイスラム教が侵入し、インドで仏教は滅んでしまう。この時にインド仏教が移植された地がチベットであった。このためチベットには、インドで最後まで発展を遂げた仏教がそのまま残っている。最後に発展した金剛大乗仏教がチベットには残されている。

仏教を学ぶとチベットを訪ねてみたくなる。特にチベットには、輪廻転生の完璧な科学が金剛大乗密教として継承されていることに気付き、チベットに行ってみたくなる。チベットでは50歳を過ぎると在家者も自分のグルを決めて、瞑想の修行を始める。この習慣は、私には極めて健全な宗教文化に見える。

チベット仏教の中興の祖といわれるアティーシャは、「それゆえに、重要な事柄にあなた自身を適合させなさい」と語っている。この言葉にOsho(和尚)は、次のようなコメントを残している。

「人生は短い。エネルギーは限られている。非常に限られている。そしてこの限られたエネルギーで、私たちは無限のものを見つけ出さねばならない。この短い生で、永遠のものを見つけ出さねばならい。・・・・
 何が重要で、何が重要で無いものなのか。アティシャの定義では、また総ての覚者たちの定義では、死によって取り除かれるものは重要では無く、死によっても取り除かれないものが重要だ。・・・・
 覚えておきなさい。あなたが身体を去る時、あなたと一緒に持っていけるものだけが重要なものである。その意味で、瞑想を除いて、他に何も重要で無い。気づきを除いて、何も重要で無い。・・・・なぜなら、唯一気づきだけが死によっても取り去ることができないからだ。ただ気づきだけが、内側から浮かび上がる。それは取り去ることができない。そして気づきの影―慈悲、愛―それらは取り去ることができない。それらは気づきの内在的な一部だ。・・・・」

どうして人生で最も大切なものが瞑想なのだろうか。このことには、輪廻転生が関わっているように思われる。人間はこの世の生が終わると中有の状態に入り、その人の業(カルマ)に従って、次の生を始める、と言われている。この死・中有・生のプロセスにおいて、最も重要なものが瞑想で開発される禅定力、覚醒力だと言われている。次の生を善趣に導くのが、瞑想の力だと信じられている。

チベットには「チベットの死者の書」と呼ばれている、生きている間に死・中有・転生を疑似的に体験するためのテキストがある。各宗派ごとに数種類の「チベットの死者の書」が継承されている。

これらの中で戒律が厳しく、学問を重視するゲルク派の死者の書である『基本の三身の構造をよく明らかにする燈明』が、平岡宏一博士によって翻訳・解説されている。テキストの翻訳だけでなく、平岡氏の根本グルであったロサン・ガンワン師の講義録も公開されており、チベットの輪廻転生の科学を知る上で非常に参考になる(平岡宏一訳・解説『ゲルク版・チベットの死者の書』)。

この本によると、死が近づいてくると、これまで自己を構成していた五蘊(色・受・想・行・識の五つの要素。色:身体・物質、受:感覚、想:知覚、行:意志、識:意識)が次々と崩壊を始める。例えば色蘊(肉体と物質)については、それを構成していた地・水・火・風の四元素の崩壊が始まり、それぞれのビジョンが心に現れると説かれている。

これと同時に人体に7万2千本あると言われる全身の脈管の中のルン(気)が、背骨に沿って走っている中央脈管に集まってくる。これにより中央脈管の結節が解かれ、頭頂部に留まっていた「父の白いティグレ」が下降を始め、また臍部に留まっていた「母の赤いティグレ」が上昇を始め、胸部で出会って、心臓の「不滅のティグレ」を活性化させる。

これまで蓄積されてきた心とエネルギーの情報がこの「不滅のティグレ」に溶け込み、最終的にはこの極微細な「不滅のティグレ」が肉体を離れる。この瞬間が人間の「死」であり、根源的な純粋意識が解放されてクリアライト(死の光明)が現れる。極微細な「不滅のティグレ」は中有で主体を形成して、業に従って次の転生へと進むと説かれている。

複雑なプロセスなので、詳しくは本書を読んでもらいたいが、この死・中有・生のプロセスで重要なのが生前の瞑想修行による空性の理解だと言われる。

「普通の者は死に際し、眼が見えなくなり、耳が聞こえなくなってきた時、大きく気が動転して、無意識のうちに中有に放り出されてしまう。しかし、この書を学び、その構造を正しく頭に入れた者は、眼が見えなくなり耳が聞こえなくなっても、それを死への過程の中で必ず訪れる兆しととらえ、次々に心に現れる兆しに対して心の準備をして迎えることができる。

そして最後に〈死の光明〉が訪れたとき、それに対して『空』の理解を少しでも重ね合わすことができたなら、来生は必ず素晴らしい存在として生れることになる。」(ソーナム・ギャルツェン)

平岡氏の『ゲルク版・チベットの死者の書』は20年前に購入していたのだが、今回改めて読んでみて、素晴らしく、また貴重な本であると思った。『基本の三身の構造を明らかにする燈明』は、これまでゲルク派では門外不出の秘伝書であっただろう。これを外国人の平岡氏に公開し、さらに当時最高のゲシェ(仏教博士)をつけて個人授業を受ける機会を設けてくれたチベットの大きな慈悲に深く感謝したい。

輪廻転生の真理を嗣法した平岡氏は、現在は大阪の名門校の清風中学・高校の校長である。科学主義(唯物主義)一辺倒の我が国教育界において、この様な霊性に詳しい教育者がいたことを知って、大変驚いた。

ロサン・ガンワン師は胃癌が転移して逝去されたが、その死の直前に、また戻って来るので自分の居室をそのままにするよう遺言した。死後ネパールのチベット族の家に転生し、その少年がガンワン師の転生者であると公認されてガンデン寺に迎えられている。平岡氏はガンデン寺に出かけて、3歳になった自分の師匠に再会している。

輪廻転生の科学は、観念論だけではなく、実践と実証を伴ったダルマ(教え)であり、今もチベット高原で継承されている。

2025/12/25

Tags:内宇宙の旅

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