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トランス・パーソナル 自我を超える

「トランス・パーソナル(transpersonal)」とは、トランス(trans 超える)とパーソナル(personal 自我)の合成語で、「自我を超える」という意味である。心理学の分野では、1960年代末からトランス・パーソナル心理学が発展を始め、この「トランス・パーソナル」の概念が広く使われるようになってきた。
従来の心理学では、精神疾患の治療や人格形成の研究に重点が置かれていたのに対して、トランス・パーソナル心理学では、人間の持つ創造性や宗教体験、深い幸福感なども研究対象とされた。瞑想や芸術的没入、自然との一体感などを含めた意識の拡張について研究が進展した。
人間の生涯は、自我の確立で終わるのではなく、様々な経験を経て自我は超えられ、意識は拡大して、自我への執着が手放され、自分と他者、自分と自然との境界が緩やかになるという考え方は、東洋では伝統的に受入れられてきたものである。
空海は「十住心論」で我執と法執を離れた自己がどのような成長を辿って行くのかを十段階に分けて詳述している。インンドでは、人の一生を「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、「林住期(りんじゅうき)」、「遊行期(ゆぎょうき)」の四つの時期(四住期)に分けて、人間成長の理想としてきた。
美空ひばりの代表曲に「川の流れのように」があるが、これも人生を川にたとえて様々な経験を経て自己が成長を遂げて行くことが歌われている。人の一生を川や旅にたとえることに日本人は慣れ親しんできた。
それでは人生という川の流れは何処に辿り着くのだろうか。地上の川は、最終的には大洋に流れ込む。これと同様に、人間の意識も拡大して宇宙意識に流れ込み、永遠なるものと一体になると多くの宗教は語ってきた。これを「悟り」と呼び、生きて死んで行くことの理解、納得、安心が得られると考えられてきた。
先日NHKスペシャルで「私の往生際:養老孟司が見つめた〈生と死〉」という番組を見た。解剖学者でエッセイストの養老孟司先生のガン闘病記録である。養老先生が罹ったガンは小細胞肺ガンで、予後が良くないガンだった。その1年間の闘病生活がドキュメントとして放映されていた。
最先端のガン治療を受けたが、最初はその効果が小さく、転移も見られた。しかし、その後適切な治療薬が投与され、病巣はほぼ消失した。この闘病生活を通じて改めて「生きることの意味」や「死について」思索する養老先生の姿が記録されていた。
昔書いたり喋っていた言葉が、今の自分の体から出る言葉と異なってしまったこと、今までは一人で生きていると思っていたが、実は他者との関係に中で生きていたこと、死も喜怒哀楽も他者との関係の中で成立していることに気付いたとの養老先生の言葉が興味深かった。
ただ死については、「老いや病や死は自然のことであり、色々と考えてみても仕方がない」との結論であったように思う。
また、たまたまNHK「こころの時代:宗教・人生」の再放送で山折哲雄先生の対談を見た。「こう生きた、どう生きる」というテーマでの鎌倉英也ディレクターとの対談だった。宗教を見つめ続けて93歳になられた老学者が、「生きることの意味」や「死について」どう語るのか、興味深く視聴した。
「先生にとって宗教とは何ですか」との鎌倉氏の質問に対して、「宗教とは、私にとっては魔物だね」と答えられた言葉が、山折先生らしくて面白かった。
「ただ今の私には宗教は〈世間虚仮、唯仏是真〉です」と要約されていた。「世間虚仮、唯仏是真(せけんこけ、ゆいぶつぜしん)」は聖徳太子の言葉である。大乗仏教を深く学ばれた太子は、大乗仏教の中核にある「無住処涅槃(むじゅうしょねはん)」の思想をこの言葉で表現された。
「唯仏是真」が無ければ、世間は虚仮だけの世界になってしまう。虚仮の世間にも永遠の真理が貫いていることを感得できなければ、宗教とはならず、生きて死んでいくことに意味を見出し、安心を得ることは出来ないだろう。俗には同時に聖の輝きが無ければならない。
エビデンスによる実証の無いものは信じないという理性的生き方をされてこられた養老先生には、宗教は魔物であり、距離をおくべき分野であったのだろう。これは現代人のほとんどの生き方である。しかし病を患い死に直面せざるを得なくなった時、理性的・合理的生き方だけで本当の安心が得られるのだろうか。
日本人は、夕日や月、山や川、路傍の石仏、身近な小さな祠など、日常生活の中にあるものを通じて、超越的なものや死者の世界を感じ取ってきた。しかし近代化、都市化、科学技術の発達、世俗化によって、こうした感覚が弱まっている。
「自分は何のために生きているのか」、「死とは何なのか」といった根源的な問いを受け止める共通の言葉が失われつつあり、現代は「大いなる空虚」の時代に入っていると山折先生は指摘されている。トランス・パーソナルが、養老先生が指摘された「バカの壁」で、途中でブロックされているのではないだろうか。
(参考文献)
養老孟司『バカの壁』新潮新書、2003年
山折哲雄『宗教の力―日本人の心はどこへ行くのか』PHP新書、1999年
2026/8/26



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