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「希望は日本」━西洋・知性の結論:3つの智慧

Akira Ishibe

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石部 顯 1955年、岡山県津山市生まれ。 子供の頃、自閉症で苦労するが、高松稲荷で祈ったところ、特別支援学級の知的レベルから、10年後に東大に入り心理学を研究することへ導かれた。1980年卒業。 人間の意識が秘める力、自分を超えた大きな力が存在すること、その二つが共鳴することで開かれる、皆が幸せになる道を探究し伝えている。 最新科学と古代の叡智、東洋と西洋の文化を統合し、日本の自然・文化・こころの真価を日本の若い人たち、アメリカ人に伝えてゆきたいと願っている。 その一環として著書『真理大全 真理篇 科学篇 思想篇』を、今秋に刊行予定。
「希望は日本」━西洋・知性の結論:3つの智慧

「私は信じている。21世紀は、東洋と西洋が出会い、統合する世紀となると。そしてその中心に、日本があるだろう。なぜなら、日本こそが、この統合をすでに実践してきたからだ」「一人の西洋人として、心理学者として、そして何よりも人類の一員として、私は日本に感謝する。そして日本の未来に、いや人類全体の未来に希望を託す。ありがとう、日本。あなた方から学んだすべてに感謝する」━心理学者C.G.ユング

※写真は、裏千家・阿部宗朋師範に点てて頂いたお茶。五感を通して、和敬清寂を堪能できる。ユングは、茶道の「一期一会」に深い感銘を覚えた。

 

今、ジャパン・ロス(JAPAN LOSS)という言葉が、世界に広まっている。一度来日した外国人が、日本の食、文化、人との出会いを味わって帰国した後、日本での体験が忘れられなくなり、郷愁と寂しさに駆られ、再び日本に「回帰」「帰郷」してしまう現象のことである。今、世界で日本語を学ぶ若者の数は、増加し続けている。こうした現象の背景に、一体何があるのだろうか。

また、西洋の知性を代表する人々、ハイデッガ―、アインシュタイン、トインビー、レヴィ・ストロース、ドラッカー……皆が、共通して日本の文化を称賛し、期待を寄せているのはなぜなのか━。

日本人、日本文化とは何か、世界に果たすべき日本の役割とは何か━。20世紀、西洋最高の知性の一人である心理学者カール・グスタフ・ユングもまた、晩年、日本人と日本文化に学び、期待し、人類の未来に希望を託していた。

彼は、3つの日本の智慧に注目する。━「異質を統合する」「苦しみを乗り越える」「生活を『道』にする」智慧である。苦しみを乗り越える智慧については、戦後の荒廃から立ち上がった日本人の姿も、彼の眼に浮かんでいたことだろう。心の病を、問題、つまり「敵」としてではなく、成長を促す「メッセージ(知らせ)」ととらえたユングは、日本人の心と、東洋の心理学から多くの真理を学んでいた。

今回は、最晩年の彼が、日本人に呼びかけた「日本への遺言」を、アフォリズム(警句)形式でご紹介したい。日本文化に対する深い洞察、日本に懸ける期待、切実な情熱と祈りを受けとめられ、心の琴線に触れる言葉があれば、皆さまの生活の場で生かしていただければ幸いである。

ユングは、私たち日本人に、次のように語り、呼びかけている━。

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■「和」は、調和のための高度な社会的知性

西洋人の夢には、しばしば明確な対立が現れる。しかし、日本人の患者の夢には、そうした明確な対立がなかった。光の中に闇があり、闇の中に光があった。それは混乱ではなく、むしろ調和だった。

日本では、あらゆるものに神が宿る。それは世界を「聖」と「俗」に分けない、分離しない意識のあり方なのだ。最初から影を排除していない。光と影が、共に存在することを受け入れている。

日本人は、異なる宗教(仏教、神道)を層のように重ね、それぞれに異なる役割を与えた。それは矛盾ではなく、「補完」なのだ。

「侘び寂び」━不完全なもの、老いたもの、朽ちてゆくものに美を見出す。それは「無常」を受け入れるということだ。すべては変化し、朽ちてゆく。これは悲しいことではない。自然の摂理であり、その中に美があるのだ。

日本人は、今この瞬間を生きる。桜の花をめでる日本人は、儚さの中に最高の美を見出す。これは諦めではない。深い叡智なのだ。

日本人の「和」は、個人を抑圧するものではない。異なるものが共存するための智慧なのだ。重要なのは、対立することではなく、調和を見出すこと。これは高度な社会的知性なのだ。

天照大神の「天の岩戸」の神話は、なんと人間的な物語だろうか。西洋の神話では考えられない。だが、これこそが日本の智慧なのだ。対立を力で解決するのではなく、ユーモアと智慧で解決する。

武士道には、西洋の騎士道よりも、さらに深いものがある。「武士道とは死ぬことと見つけたり」(『葉隠』)。これは、死を受け入れることで、真に生きることができるという「逆説」なのだ。死を恐れる者は、真に生きることができない。常に何かを失うことを恐れているからだ。だがすでに死を受け入れた者は、自由だ。その瞬間瞬間を完全に生きることができる。

死を受け入れることで、人生はより豊かになる。日本人は、これを桜の花の散り際の美しさに観る。それは悲しみではなく、むしろ祝福なのだ。すべてのものは移ろう。だからこそ、今この瞬間が貴重なのだ。「もののあはれ」という美意識━すべてのものの儚さに情緒を感じる。それは、切なさだが、同時に深い共感と愛なのだ。

日本人は、季節の移ろいを祝う。それは自然のリズムと調和して生きることなのだ。

 

■文化全体で対立を「統合」して、苦しみを乗り越える智慧

私はある結論に達した。日本人は、私が生涯かけて追求してきた「個性化のプロセス」━意識と無意識の統合、自我と自己の統合を、文化全体として実現していることだ。神道と仏教の共存、自然と人間の調和、生と死の受容、個と全体のバランス。すべてがより高い統合を指し示している。

日本人も苦しみ、過ちを犯す。だが、彼らの文化には、その苦しみを乗り越えるための深い智慧が組み込まれている。

異なるものを排除するのではなく、共存させる方法を、日本の智慧は、その道を示している。異なるものを対立させず、調和させる。矛盾を矛盾のままに受け入れる。すべてのものの価値を認める。これこそが、これからの時代に必要な態度なのだ。

「影」と「光」が一つであることを理解する。影と光は、対立するものではない、それは補い合うものだ。影の中に光があり、光の中に影がある。それらは循環し、変化し、バランスを保つ。

日本の文化は、生き方であり、実践であり、あり方なのだ。茶道、華道、武道。これらはすべて「道」だ。単なる技術ではなく、「人生の道」なのだ。

日本の曼荼羅(マンダラ。ユングは、曼荼羅を「自己の全体性の象徴」「心の地図」「宇宙の地図」とした)を見た時、私は驚嘆した。日本の曼陀羅には、独特の柔らかさがあるのだ。境界は固定的ではない。すべてが流動的で相互につながっている。自我(エゴ)は意識の中心だが、自己(セルフ)はそれを超えたものだ。自己は、意識と無意識を含む全体性だ。それは常にそこにある。ただ私たちが気づいていないだけだ。

人生には困難が訪れる。それに力で対抗しようとすれば疲れ果てる。だがその力を受け入れ、流れに沿って動けば困難は、機会に変わる。西洋の心理学は、問題を解決しようとする。だが問題は敵ではない。それは、メッセージなのだ。何かが間違っているという知らせだ。

神経症は意味のある病だ。これは、その人の人生に何か重要なことが欠けているという知らせなのだ。だから症状を取り除くだけでは不十分だ。その人の人生全体を見なければならない。日本の禅僧たちは、これを理解していた。私たちは皆、本来の自己を持っている。だがそれは様々な執着や妄想に覆われている。悟りとは、それらを取り除き、本来の自己を現すことなのだ。

あなたは本来何者なのか。社会的役割でもなく、他人の期待でもなく、自分の理想でもない。それらすべてを取った時、何が残るのか。それがあなたの本当の自己だ。だがこれは簡単なことではない。西洋人にとって、自我を手放すことは恐ろしいことだ。自我こそが自分だと信じているからだ。自我がなくなれば自分も無くなると思っている。だが、それは逆なのだ。自我を手放した時、真の自己が現れる。

 

■生活に人生の本質を生きる━すべてが「道」:修行、芸術、祈り

日本の茶道における「無心」━心を無にする、何も考えない、ただその瞬間完全に存在する。それが日常生活の中で実践される。お茶をたてる、お茶を飲む、そのシンプルな行為に完全に集中する。西洋人は、常に何かを考えている。だが現在だけが、現実なのだ。一期一会、この出会いは二度とない。だからこの瞬間を完全に生きる。これは私が患者に教えたいことでもある。過去の傷や未来の不安に囚われず、今ここに生きること。

私は老いた。だが私は恐れていない。死は自然の一部だ。桜の花が散るように、人も散る。そして春が来れば、また花は咲く。

私が日本の文化から学んだ最も重要なことは、「生き方」だ。毎日の小さな行為の中に深い意味を見出す。掃除をする、食事をする、歩く、座る。それらすべてが修行であり、芸術であり、祈りでもある。

西洋は大きなことを成し遂げようとする。偉大な業績、歴史に名を残すこと。だが、本当の偉大さは日常の中にある。誠実に生きること、他者を思いやること、自然と調和すること。これこそが人生の本質なのだ。

 

■「統合」の先駆者・日本━「生き方」で、真の人類の文化を創造する

同時に私は西洋人にも伝えたい。日本から学んでほしい。私たちの文化は、多くを達成してきたが、同時に多くを失ってきた。日本の文化は、それらを取り戻す鍵を持っている。日本の智慧から学び、自分たちの文化の中に統合することだ。東洋と西洋の統合、これがこれからの人類に必要なことなのだ。

今、私たちに必要なのは、「文化の統合」だ。東洋と西洋、古いものと新しいもの、精神と物質、個人と集団、これらの対立を超えて、より高い統合を達成すること。日本は、その可能性を示している。

日本人は、何もかも異なる文化を統合してきた。神道、仏教、儒教、そして近代では、西洋文化。それらを排除するのではなく調和させてきた。これは簡単なことではない。だが、それこそが日本の強さなのだ。

異なるものを排除せず共存させる、矛盾を統合し、より高い調和を実現する。これが人類の未来への道なのだ。

日本人よ、あなた方の文化を守ってほしい。これは生きた伝統であり、日々実践されるべきものだ。茶道、華道、武道。これらを学び実践してほしい。だが、同時に新しいものも受け入れてほしい。日本の強さは、古いものと新しいものを調和させる能力にある。伝統を守ることと革新することは矛盾しない。むしろ両方が必要なのだ。そして世界に向けて、あなた方の智慧を分かち合ってほしい。静かに、謙虚に、生き方を示すことで、言葉よりも行動で、理論よりも実践で━。

私は信じている。21世紀は、東洋と西洋が出会い、統合する世紀となると。そしてその中心に、日本があるだろう。なぜなら、日本こそが、この統合をすでに実践してきたからだ。

私たちは、同じ船に乗っている。この地球という船に。その船を安全に航海させるためには、異なる智慧が必要なのだ。東洋の智慧と西洋の智慧、古代の智慧と現代の智慧、精神の智慧と科学の智慧、それらすべてを統合したとき、私たちは初めて真の人類の文化を創造できる。そして、その統合の先駆者が、日本なのだ。

一人の西洋人として、心理学者として、何よりも人類の一員として、私は日本に感謝する。そして日本の未来に、いや人類全体の未来に希望を託す。ありがとう、日本。あなた方から学んだすべてに感謝する。

 

 ━カール・グスタフ・ユング。西洋の心理学者にして、東洋の智慧の学び手。

                   

 

2026/10/26

Tags:日本文化のルーツ

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