愚老庵ノートSo Ishikawa
ビンテージ動画をAIで復元する
今年に入って、4Kテレビの世帯普及率は20%を超える勢いです。この背景には、続々とネット配信される映画やライブ画像などを、高精細な大画面で見たいというニーズの高まりがあると言われています。
この10年の間に、大型テレビ画面の高精細化技術は驚異的に進化しました。
2011年にアナログテレビ放送が終了するまで、テレビ画面の比率は 4:3 でした。丸みを帯びたブラウン管は、25インチぐらいまでの大きさで、電源が入っていない「灰色」の画面が、テレビの「黒」だった時代を覚えていらっしゃるでしょうか?
アナログテレビでは、飛び越し走査で交互に照射される525本の走査線で画像を描き出していました。この画像を 4Kテレビの大画面に映し出すとどうなるでしょう。
4Kテレビの垂直解像度は2160本。525本の走査線は垂直方向に「4倍」 拡大されることになります。画面は、ぼやけてチラつき、ノイズが乗って、最近のテレビに慣れてしまった人にとっては、見るに耐えないボロボロの画質になってしまいます。
現在放送されているテレビの番組は、ほとんどが 2Kハイビジョン、垂直解像度は1080本です。これをそのまま 4Kテレビに映し出すと、画像は垂直方向に「2倍」拡大されてしまい、わざわざ高精細な4Kテレビで見る価値がなくなってしまいます。
4Kで制作された番組はまだ数えるほど、ブルーレイディスクの解像度も 2K。これでは、高精細を売りにした4Kテレビは宝の持ち腐れになってしまいます。
そこで開発されたのが「アップコンバート」技術です。拡大した画面の隙間を、前後の信号から生成した画像で補完し、2K 画像をリアルタイムで 高精細な 4K 画像に変換するアップコンバート機能。この機能を搭載することによって、大画面の 4Kテレビの普及が一気に進みました。
「アップコン」と呼ばれるこの技術は、まだ発展途上の技術と言われています。単純に解像度を上げるだけでなく、いかに自然で精密なディテールを表現できるか。大画面テレビの世界では今、高精細画像処理技術の開発競争が繰り広げられています。
話は変わりますが、画像診断の世界では、「AIによる画像再構成技術」が、注目を集めています。
病気の診断には欠かせない存在となったCT検査。この検査に使われるCTの解像度をご存知でしょうか?
CTの画像解像度は 512×512 ピクセル。垂直解像度は、ほとんどアナログ時代のテレビと一緒です。病気を診断するのに何故こんなに解像度が低いのでしょう。
通常CTの撮影では、0,5mmの厚さで体を輪切りにし、このスライス画像を何千枚も積み重ねて、3次元の立体データを収集します。解像度を上げようとしてスライスを薄くすると、データは膨大な量になってしまいます。
大量の3次元データを再構成処理して、迅速に診断画像を描き出さなければならないために、実用上CTは解像度を上げることが難しいのです。
X線量を強くすれば、画像を鮮明にすることはできますが、人体への影響が大きくなってしまいます。被爆を低減するために線量を減らすと、画質は劣化してゆきます。
そこで開発されたのが、劣化した低い解像度の画像でも診断を可能にする「深層学習 Deep Learning」という技術です。
これは、AIに大量の「教師画像」を学習させ、診断目的に合わせて、撮影データから最適な診断画像を「抽出」するという最先端の画像再構成技術です。
「抽出」された画像を見ると「見たいところ」が鮮明に見えています。この画像を実際に撮影した画像と見比べているうちに、ひとつの考えが湧き上がってきました。
アナログ時代に収録された解像度が低いNATURE作品の「見せたいところを際立たせる」ことができないかと考えたのです。
AIが描き出した画像は、スマホやPCの画面では鮮明に見えていますが、大画面にすると「アラ」が目立ってきます。アップコンなしでそのまま大画面にするのは、やはりちょっと厳しそうです。
実はこれまで、NATUREのビンテージ作品を大画面で見ていただきたくて、何度かアップコンに挑戦してきました。しかし、機械的にフレームを補完するだけの単純なアップコンでは、画像が不自然に「リアル」になってしまい、NATUREの世界観からどんどん遠ざかってしまうのです。
4Kテレビの最新のアップコン技術とAIによる深層学習技術。この2つを組み合わせることはできないのだろうか・・・ そんなことを考えていた時、耳寄りの情報が飛び込んできました。
膨大な映像パターンを学習したAIが、被写体に応じてその美しさを際立たせてくれる、画期的なアップコンソフトが発売されたというのです。
早速試してみると、このソフトは、これまでのアップコン製品とは別次元の「鮮明で自然なディテール」を描き出してくれました。
AIのアルゴリズムが、細心の注意を払って古い絵画を「復元」するかのような繊細さを持っていることに、私は驚きを禁じ得ませんでした。
このソフトは、色彩やコントラスト、画面の質感などのパラメーターを、制作者自身の手で補正することもできる優れもので、NATUREの「大画面化」に新しい創作の余地を拓いてくれました。
アナログからハイビジョンへ、さらに4Kから8kへ。高精細化する大型テレビの画面は、「日常の世界」を驚くほどリアルに映し出します。しかし、その細密化する画面からは「隙間」がどんどん失われ、想像力の入り込む余地がなくなっていきます。
効果や効率を重視する世界は、テレビの画面からも「あそび」や「ユルさ」を奪ってしまったのでしょうか。
日本の伝統文化の真髄は「隙間」にあると言われています。書画の「余白」や歌舞音曲の「間」。先人たちは日常の世界に「隙間」を創り出すことで、「非日常の世界」と対話してきたのです。
アナログ時代の動画には、温かみと柔らかさがあります。この質感を大切にしてアップコンバートすると、高精細画像なのにリアルではない「不思議な隙間」が生まれます。
「この隙間を生かして、ビンテージ作品を、大画面で視聴できるコンテンツに生まれ変わらせよう」そう決意しました。
ビンテージ作品は1980年から2000年ごろまでに撮影されたアナログ動画を素材にしています。
今はもう見ることができない懐かしい日本の自然風景、そして今のカメラではもう撮ることができない柔らかな画像・・・ 失われた世界へのノスタルジーは、より深い「心の旅」を可能にしてくれるに違いありません。
これから毎月一作品ずつ、10ヶ月をかけて、生まれ変わったビンテージ作品をお届けしてゆきます。大画面に生まれた「古くて新しい隙間」から、少し遠くの世界まで「心の旅」に出ていただけるよう祈っています。
復元版「生々流転」のダイジェスト版です。
https://vimeo.com/308358413
復元版10作品は、来月から毎月1作品ずつ、
NATURE JAPAN の新しいコーナーで、本編をご覧いただけるよう準備を進めています。
アップコンソフトの情報です。
Video enhance AI
https://www.topazlabs.com/topaz-video-ai
2022/10/26
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