愚老庵ノートSo Ishikawa
「侘び寂び」を伝える
「侘び寂び」という日本独特の美意識を海外の人たちにどうやって伝えればいいのか、愚老庵でセッションしませんか、そんなリクエストをいただきました。
海外の異文化圏で育った人たちは「侘び寂び」の世界をどのように理解しているのでしょうか。試みに「侘び寂び」をネット検索してみました。
侘び寂びとは、日本人が持つ独特の美意識や感覚を表現した言葉で、慎ましく質素なものの中に奥深さや豊かさなどを感じる心。
不完全なもの(劣化や欠けること)を否定的に捉えず、自然や時間の経過による変化に様々な美しさを見出す心。
人の世の儚さ、無常であることを美しいと感じる美意識であり、日本文化の中心思想と言われている。
これらの記述を読んで、「侘び寂び」を伝えようとしている私たち日本人が今、本当にその本質を理解しているのだろうか、ふとそんな疑問が湧いてきました。
確かに私たちは、禅や茶の湯、書画や庭園、美術工芸品などを通して「侘び寂び」の世界に出会っています。しかしそれは、非日常空間の中での特別な体験であり、大多数の日本人は日々の暮らしの中で「侘び寂び」とはあまり縁のない生活をしているのではないでしょうか。
太平洋戦争で敗戦国になったことで、戦後、日本人の価値観は大きく変わりました。精神だけでは圧倒的な「物量」には勝てないことを思い知らされ、多くの日本人が「物質的な豊かさ」を享受するアメリカの生活に憧れを抱きました。
この流れを加速したのが、GHQの占領政策です。学校では民主主義教育が行われ、ラジオから流れるアメリカのヒット曲や、テレビで放映されるアメリカの人気番組は、私たち日本人の心を強く惹きつけました。
2007年に情報公開されたアメリカの公文書によって明らかにされた「3S政策」の存在をご存知でしょうか? 3S政策とは、Screen(映画鑑賞)、Sport(スポーツ観戦)、Sex(性欲の解放)によって民衆の不安や不満、政治への関心を逸らせようとする占領政策です。
この政策によって、映画やエンターテインメントが興隆し、プロ野球が国民的娯楽となり、性風俗が開放されました。そして、精神の深みに向けられていた日本人の「美意識」は、肉体の次元の欲望と快楽へと向けられていったのです。
戦後の荒廃した国土の中から「物質的な豊かさ」を求めて、日本人は懸命に働きました。そして奇跡のような経済成長を遂げて、憧れていた「便利で快適な生活」を手に入れることができたました。
白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫を手に入れ、そしてさらにカラーテレビ、クーラー、自家用車へ、アメリカナイズされた「文化的な生活」への憧れは、日本人のライフスタイルを大きく変え、いつしか私たちの心からは「侘び寂び」という美意識が消えてゆきました。
18世紀、イギリスの産業革命以降に興った近代合理主義は、「人間は自然の支配者であり、幸福追求のためには自然を利用できる」と考えました。そして現代文明は、自然を物資とみなし、科学技術を駆使して工業製品を大量生産することによって、「豊かな暮らし」を実現してきたのです。
優れた工業製品は欠損もなく、均一で完全に近い美しさを持っています。これらの製品に取り囲まれて生活しているうちに、いつしか私たちの意識は、不完全なものや劣化したものに違和感を抱くようになってしまったのではないでしょうか。
商店の店頭には、均一な美しさを追求した工業製品が並べられ、生鮮食料品の売り場でも見た目の悪い不揃いなものは排除され、商品の規格均一化が進められました。
「完全なものは愛せるが、未熟なものや劣化したものは愛せない」この感覚は、不完全なものの中に美しさを見出そうとする「侘び寂び」の美意識とは相容れないものです。
この時代に、いつの間にか私たちの意識を支配してしまった価値観が、もうひとつあります。それは「すぐに結果を求める意識」です。
歴史が浅い多民族国家を一つにまとめるために、アメリカではプラグマティズムという考え方が広く浸透しました。これは「物事の真理を、行動の結果や利益があるかどうかで判断する」という思想で、現在もアメリカの政治経済のトレンドを支配しています。
「目の前の結果と実利がすべて」というこの考え方も、長い目で見て物事の本質を見極めようとする「侘び寂び」の美意識とは相容れません。
「侘び寂び」は、種子が芽を出し、成長し、開花し、朽ちてゆく、その長い時間経過の中に様々な美しさを見出そうとする美意識であり、開花した花の美しさやその果実だけに価値を求めるものではないからです。
未完成のものや朽ちてゆくものを愛でる「侘び寂び」という深い美意識は、移ろいゆく自然の景色を愛でる日本の暮らしの中で育まれました。
日本の自然は季節によって劇的に変化し、人間の技をはるかに超えた神秘的で美しい自然風景を造り出します。四季というサイクルの中で繰り返される無数の生と死のドラマは、「無常」と「転生輪廻」という日本独自の死生観を生み出しました。
先人たちは、自然を支配して、そこに変わることのない「完全な美」をつくり出そうとはしませんでした。自分たちが「大いなる自然」に生かされていることを知り、生々流転する生命の循環の中に、変わることのない「無常の美」を見ていたのです。
人の世の儚さ、無常であることを美しいと感じる美意識は、肉体が滅びても魂は永遠の生命を生きるという「転生輪廻」を信じる心から生まれてきます。
この死生観を受け入れた時、私たちは「この世の時間」の中だけで性急に何かを成し遂げようとする意識から解放され「神仏の時間」に結果を託すようになります。
「侘び寂び」という美意識を深めてゆくと、「何かを成すことではなく、ただ成ること」という境地が開けてくると覚者たちは言います。生命の循環を造り出している「造化の源」に自らを託身することによって、宇宙とひとつに成ることができると言うのです。
自分が宇宙そのものになれば、自然や宇宙を支配する必要はなくなります。このことをぜひ世界中の権力者たちに知ってもらいたいと思います。
残念ながら、今私たちが生きている世界は、「完璧なるもの」と「目先の効果効率」を追求する美意識によって支配されています。
時代の波に呑まれ、「物質的な豊かさ」と「便利で快適な生活」を求め続けているうちに、私たちはいつしか、心の深みに存在する「侘び寂び」という世界を、見失ってしまったようです。
物質の世界を支配しようとする人間の飽くなき欲望によって、私たちを取り囲む生活環境は今、さらに激変しようとしています。
インターネットやSNSで発信される情報によって人間の意識と欲望が支配され、AIによって人間が労働作業から解放され、遺伝子操作によって食糧生産と医療のあり方が根底から変わってしまう時代が始まったのです。
加速度的に進化する現代の先進テクノロジーは、もはや「神の領域」に踏み込もうとしています。
私たちが自らが「小さな神」になろうとするのか、私たちを創造した「大いなる存在」との絆をもう一度結び直すのか、時代は今、私たちに選択を迫っているように感じます。
このような時代に、異文化圏で生まれた海外の人たちに「侘び寂び」という美意識を本当に理解してもらえるのだろうか、このノートを書き始めた時には、そんな不安がありました。しかし「転生輪廻」と「魂の世界」に想いを巡らせているうちに、その考えが変わりました。
魂は、自らを進化させるために、何度も生まれ変わってあらゆる人生を体験をすると言われています。そう考えると、過去世で日本に転生し「侘び寂び」の世界や「自然と共生する智慧」を体験した「魂」たちが、海外にたくさんいても不思議ではない、そんなふうに思えてきたのです。
まず、その人たち向けて発信するところから始めよう。そこから、もう既に張り巡らされている「縁生のネットワーク」が繋がってゆくかもしれない、そんな想いが湧き上がって来ました。
終焉に向かって加速する現代の物質文明の奔流の渦中で、「侘び寂び」という美意識が、私たちが「魂の故郷」に回帰する道をどこまで照らし出すことができるのか、ここから先は「神仏の時間」に結果を託そうと思います。
今月のNATURE通信は、冬の光が造り出す清冽な世界をお届けします。
NATURE通信 December 2024 「年の瀬の光」
https://nature-japan.com/nature-tsushin/
「縁友往来」に新しい投稿があります。
人は皆、地獄から仏まで全ての心を抱く
ブッダの悟りの真髄と心理学の到達点
https://grow-an.com/mate/mate-018/
仏教全体から見た空海思想の解明 -新空海論-
https://grow-an.com/mate/mate-017/
「縁友往来」に寄稿される方は、「お問い合わせ」から庵主にご連絡ください。皆様のご参加をお待ちしております。
2024/12/23
Comment
いや、面白い! ここまで「侘び寂び」の核心を明らかにされるとは。
過日、Xに、親日家イ―ロン・マスクが日本語で、「侘び寂び」と投稿し、話題になりましたが、このエッセイを英訳して、マスクに教えてあげたいですね笑。
無常(すべては変化する)と循環(いのちの本質は変わらず、輪廻転生しながら進化する)、の理(ことわり)の上に、「侘び寂び」の美がある。侘しい、寂しいと感じる心の底を抜いた時、永遠のいのちの相として、あらゆる姿形が美しく、愛おしく感じられ、自然に愛することになる。
至福の時が、侘び寂びの美との出会いにもたらされる。そして、物質の快楽を謳歌し尽くし、虚無と不安に打ちのめされた世界では今、そうした侘び寂びの美意識こそ、求められているのでしょう。
仏教も、原始キリスト教も、ユダヤ教でさえ、世界中で説かれていた輪廻転生━これもまた、戦後、GHQにより、教育で、神、仏と言ってはならないとされる中、忘れられてゆきました。
しかし、今や、漫画、アニメ、歌の中で、復活し、「てんせい」という言葉で、若い人たちにとっては、当たり前のようになり、普通に使われる時代になっています。
時代は、今、浄化のとき、真実が露わになる時期を迎えています。
永遠を今に生きる、侘び侘びの豊饒の美に、一人でも多くの人類が、目覚める、否、すでに潜在意識にある記憶を思い出してほしいと願わずにはおれません。
素晴らしい、エッセイと考察、有り難うございました。
ぜひ、英訳して、イ―ロン・マスク含めて世界の人々に、届け、伝わるようにしていただきたいと、切に願っております。覚醒のネットワークは、魂の記憶の想起によって顕れ、この地上に浮上するのですから━。
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