愚老庵ノートSo Ishikawa
フェイクニュースと陰謀論

この半世紀の間、私たちはテレビ画面に映し出された動画によって、見たこともない未知の世界を次々と擬似体験してきました。
そして私たちは、テレビのニュースが、「実写」によって現実のリアルな世界を映し出していることを疑いもしませんでした。
どのような視点で撮った映像なのか、どのような意図で画像を編集したのか、その客観性が問われることがあっても、これまで動画そのものの信憑性が問題にされるケースは、日本ではさほど多くはありませんでした。
しかし、画像加工処理技術の急速な進化によって、人物を切り抜いて別の背景と合成したり、体つきや顔の表情まで加工修正できるようになると、どこまでが実写でどこまでがフェイクなのか、私たちは動画を見る眼を変えざるを得なくなってきました。
そしてここ数年の間に、動画制作技術は、更なる脅威的な進化を遂げました。学習した膨大なデータを駆使して、AIがカメラを使わずに「実写」と見分けがつかないようなシーンを生成することができるようになったのです。
ゼレンスキー大統領が国民に投降を呼びかける精巧なディープフェイク動画は、世界に大きな衝撃を与えましたが、どうやら私たちは、何が本物で何が偽物なのか「動画を見極める眼力」を身につけなければならない時代を迎えたようです。
日本で iPhoneが発売され、YouTubeの日本語サービスが始まったのは2007年、わずかこの十数年の間に、スマホとインターネットの急速な進化は、動画の世界に革命を起こしました。
かつて、動画はテレビや映画などのマスメディアによって一方的に送られてくるコンテンツでした。この革命によって、動画は手紙や電話に代わるコミニュケーション・ツールとなり、私たち一人一人が放送局のように世界中に動画を発信できる時代が到来したのです。
YouTubeには、世界中からこれまでマスメディアが取り上げてこなかった多種多様な情報が発信されています。その中には、政治や軍事目的で制作されたフェイク動画が数多くあります。
最近日本でも、誰が何のために制作したのか、情報の出所やその目的を確かめることなく、プロパガンダを事実だと思い込んでしまう人が増えてきましたました。
私たちは、本当に「真実」を知りたいのでしょうか。それとも、自分を満足させ、納得させてくれる情報を「真実」として求めているだけなのでしょうか。
「不安や不満」を解消してくれる情報や自分の意見を正当化してくれる情報を「真実」だと感じてしまうという習性を私たちは持っています。
インターネットのプラットホームは、膨大な情報の中から私たちが望んでいる情報だけをフィルタリングし、次から次へとそれらを提示します。そして、無自覚にそれらの情報に接しているうちに、いつの間にか反対意見や異質な情報は排除され、「私たちの正しさ」は確信へと変わります。
最近、この人が?と思うような、知識や教養を身につけた人が、プロパガンダ動画を信じてしまうというケースを見かけるようになりました。
何故そんなことが起こってしまうのでしょう? それは言葉と文字という「思考の世界」で生きてきた人が、動画の「映像語」に慣れていないせいもあるのではないか、私はひそかにそう思っています。
インタビュー動画を見た時、私たちはそこで語られる言葉から、その意味を探ろうとします。しかし、動画が伝えるのは言葉だけではありません。声のトーンや大きさ、顔の表情やしぐさは、言葉そのものが伝えようとしている内容とは別に、それが本心から出た言葉なのかどうかを伝えてくれます。
着ているものや身につけているものから、その人を知ることもできますし、肌の色艶や体の動かし方などから心身の状態を知ることもできます。
インタビュー画面には、取材されている人物だけでなく、取材する側との関係やその場の状況も映しだされます。もし画像に何かしらの不自然さを感じたなら、画像が作られたり修正されたりしていないか疑うことができますし、その意図を読み解くこともできます。
動画は、そこで語られる「言葉」だけではなく実に様々な情報を「映像語」として伝えています。しかし、それをキャッチすることができるかどうかは、受け手の私たち次第なのです。
知識主体の観念的な世界で生きてきた人たちは、どうしても「言葉」という情報に意識を集中してしまい、思考の回路で動画を見ようとします。そして、それ以外の情報がそこに存在していても、それに気づけないために「言葉」をそのまま信じてしまうという事態が起きてしまうのではないでしょうか。
今、テレビを見ない若者と SNSで動画を視聴する高齢者が増えています。その背景には、既存の社会体制やマスメディアに対する「不信と不満」があると思われます。
世の中の本当の動きを知りたいと思っても、視聴率を追うテレビ報道はニュースショーと化し、どのチャンネルを見ても、ポリティカル・コレクトネスに忖度した当たり障りのない同じような情報番組ばかりが並んでいます。
残念ながら、テレビが既存の社会体制を維持するためのマインドコントロールの道具として使われ、テレビ局の利権とスポンサー企業の利益を優先するビジネスの場になってしまっているのは、否定しきれない事実なのではないでしょうか。
今、世界で本当は何が起きているのか、テレビやマスメディアが取り上げない「真実」を求めて、YouTube やエックスなどのSNSに、情報を求める人も増えてきました。
そこでは、真実に迫ろうとする希少な情報に出会えることがあります。しかしその宝物のような情報は、アクセス数でお金を荒稼ぎすることを目的とした情報や、マインドコントロールを意図したフェイク情報、巧妙に仕組まれたフィッシング情報などが氾濫する危険な情報ソースの中にあるのです。
このような玉石混交状態の中で、情報の真偽をどうやってに見分ければよいのか、SNSに「真実」を求める時には、マスメディアに接触する時とは比べ物にならないほどの「情報を見極める眼力」が必要とされるのではないでしょうか。
今、アメリカ社会は二つに分断されているように見えます。その背景に「陰謀論」が存在していることをご存知の方も多いと思います。
「金融・産業界、メディアを支配するディープステイトと呼ばれる闇の勢力に対してトランプ大統領が秘密の戦争を繰り広げている」そう言われても多くの日本人は首をかしげるかもしれません。
しかし、最近の世論調査では、アメリカ国民の半数近くが「連邦政府が秘密結社に操つられている」と回答しています。どうしてそんな結果が出てしまうのでしょう。
かつてアメリカを牽引した鉄鋼や自動車などの産業が衰退して文字通り錆び付いてしまった「ラストベルト」、この地帯の白人労働者達の趨勢が大統領選挙でトランプに勝利をもたらしたと言われています。
そして、その底流には、自分たちの生活を奪ったグローバリズムへの嫌悪感、美しい理想を掲げながらその裏で利権を貪る政治家や政府高官、ハリウッドのセレブなど、アメリカを支配するエスタブリッシュメントへの反感と憎しみが渦巻いているとも言われています。
1980年代の初めに、テレビの特別番組を制作するためにイラン・イラク戦争を取材したのがきっかけで、私は「世界から戦争と搾取がどうして無くならないのか」を考えるようになりました。
そして、このテーマを追求した様々な先人たちの著作によって「国際金融資本や産軍複合体が、国家という枠組みを超えてグローバルに世界を支配している」という世界の実態に眼を開かされました。
このような体験をしてきたせいで、「陰謀論」が台頭してきた背景について、私はそれなりに理解しているつもりでした。しかし「エスタブリッシュメントが悪魔崇拝の小児性愛者で、人身売買をしている」というセンセーショナルなQアノンの主張を、どうして少なからぬアメリカ人が易々と信じてしまうのか、そのことについては、なかなか理解することができません。
「陰謀論」がここまで拡散したのは、プライドと生きがいを失ったラストベルトの白人労働者たちのやり場のない強い不満と怒りが、自分たちを納得させ正当化しくれる「真実」を求めたからではないのか、私にはそう感じられて仕方がないのです。
心が怒りや不満に支配されると、冷静な判断が難しくなります。情報の真偽を見極めるために私たちにできること、それはまず、情報に反応する自分の心の動きを見つめることではないでしょうか。
自分の心の中に溜め込まれた不満や、燻っている怒りがその情報を引き寄せていないかどうか確かめること、誰が何のためにその情報をつくり出して発信しているのかを見極めること、そして出所を明らかにしていない情報は信じないこと、この習慣を身につければ、いたずらにフェイク情報に惑わされることは少なくなるのではないでしょうか。
しかし、私たちが生きているのは「この世」です。肉体五感に囚われて生きる私たちは、いくら気をつけていても、どうしても自分を正当化してくれる「真実」を求めてしまうのです。
「自分の正しさ」は、これまでも至る所で「分断と闘争」を生み出してきました。そしてそこでは、どれほど多くの血と涙が流されてきたことでしょう。この人類の業の深さを前にした時、私は「人間の哀しさ」に、救いようのない絶望感を抱いてしまいます。
しかし、この世への絶望感は、魂の世界への道を開いてくれます。そして、私たちの「宿業」の闇を光へと転じてゆく新しいステージが、今また始まろうとしています。
来るべき破壊と再生の時代が、物質の次元で微睡んでいる私たちの魂を揺り起し、私たちがこの世に生まれてきた本当の理由を思い出させてくれることを、心より祈っています。
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