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縁友からのメッセージ

縁友からのメッセージ

昨年末にお届けした愚老庵ノートの「死後の旅をシミュレーションする」という記事を書くきっかけを作ってくれた竹馬の友、荻原くんからメッセージが返って来ました。

今回は、その内容を紹介するところから始めさせていただきたいと思います。

荻原行正です。遅ればせながら「死後の旅をシミュレーションする」の読後感を記します。

この一文を読んだとき、ふと私の頭によぎったのは「心の終活」という言葉でした。それは、私も78歳、所謂”終活”なるものをそろそろ始めねばならんかと思っていたことに連想されたのでしょう。
 
所謂”終活”はモノ(大方ガラクタ)を捨てることだと思っていたので何度か始めたのですが都度挫折でした。私は左程物惜しみだったり物に執着するタイプではないので?何故だろうと思ってました。皆そんなもんだろうと思ったりして自らを慰めてもいました。
 
私は「私が死んだら」ということを考えぬまま過ごしてきたのですが、近頃になって体(&頭)の衰えから考えざるを得なくなりました。ところが、その準備=心の準備が出来ていなかったことに気づかされました。
 
私は既存の宗教の神仏をそのままの姿で信じる者ではありませんが、この世の次元を超えた存在(意志)は信じています。その根拠は、一つには、大部分の人類は人知を超えた至高の存在(神)を信じて来たし、信じずにはいられなかったし、実際にその恩恵を得てきたことも事実であるという歴史認識であります。
 
そしてもう一つの根拠は、個人的にも”僥倖”を得た経験も結構ありますし、何といっても”幽体離脱”としか説明できない経験もしたことがあるからです。
 
しかしながら、その経験と「私が死んだら」とを結びつけて考えたことはなく、「私が死んだら」=「私がこの世からいなくなったら」に対して踏ん切りがつかない状態のまま過ごして来たのです。この一文に遇って、先ずは「心の終活」が必要なのではないかと気づかされた訳です。
 
スウェーデンボルグもエドガーケーシーも「死後の世界がある」と言っているのなら、それを信じる(頼る)ことで、私の「心の終活」の拠り所(土台)とすることが出来ます。そうなれば、モノの終活も進めることが出来ると思います(笑)。ありがとうございました。 
 
2026.02.10. 荻原
 
この読後感を受け取って、嬉しさが込み上げて来ました。荻原くんとは、年に数回会って、読んだ本や体験したことなどを語り合っているのですが、これまで「死後の世界」で会話が盛り上がることはありませんでした。
 
大切な縁友たちに、人間の本体が永遠の生命を生きる魂であることを伝えたい、そう願って、この数年の間、愚老庵ノートにひたすら記事を書き続けて来たのですが、それがようやく伝わったうな気がしました。
 
荻原くんは、日本を代表するゼネコン、鹿島建設で AMURAD工法という自動化建築生産システムを開発した男として知られています。
 
AMURADを逆さまに読むとDARUMA。だるま落としとは逆に、建物を最上階から順番に作り上げ、ジャッキで押し上げていくという画期的な工法です。この工法によって、高所作業のリスクは大幅に削減され、自動化によって作業効率は飛躍的に向上しました。
 
AMURAD工法は建物を解体する時も、爆破によって建物を破壊することなく、だるま落としのように1フロアずつ解体できるので、環境に優しい建築生産システムとしても注目されていたのですが、残念ながら一般の建設現場に広く普及することはありませんでした。
 
しかし私は、荻原君がこれまでの建設業界の常識を覆すアイディアを思いついたこと、そしてそれを実際に具現したことを、友人として誇らしく思っています。
 
 
荻原君は、いわゆる理系の科学信奉者ではありません。読書が趣味で、若い頃にはSF小説をよく読んでいました。AMURAD工法は、そんな荻原くんの想像力豊かな思考があったからこそ生まれたのではないかと思っています。
 
年齢を重ねてからの荻原くんは、歴史や文化にまつわる本を幅広く読破して、会う度に私に刺激を与えてくれています。
 
昨年も、ユバル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」を読むように荻原くんに薦められ、久々に読み応えのあるハードな読書体験をさせてもらいました。
 
これだけの内容を理解できる教養と知性を持ちながら、荻原君は何故これまで「死後の世界」について書かれた本を読んでこなかったのでしょう。
 
「この世」には今、臨死体験をした人たちや、霊が見えたり、霊と交信しているという人たちによって書かれた書籍や、死後の世界について書かれた宗教書が溢れています。
 
しかし「あの世」には、天上界から地獄界まで無数の意識の階層が存在すると魂の探求者たちは言います。その情報があの世のどんな世界からもたらされたものなのか、肉体の五感に囚われた私たちには、見えない世界の情報の正邪を判断するのは至難の技です。
 
荻原くんのように、幽体離脱の「僥倖」を得たことがある人でさえ、あの世について語られる情報の信憑性を疑い、それに触れるのを躊躇してしまうというのは、無理のないことだと思います。
 
しかし今、時代は変わろうとしているのではないでしょうか。加速度的に進化する先進テクノロジーが、私たちの日々の暮らしを根底から覆し、これまで確かだと思っていた「この世」の価値観や社会常識が崩壊しつつあります。
 
生存競争を生き抜くために築き上げてきた強固な「自我の防壁」に次々と亀裂が入り、その痛みで、心の深層で微睡んでいた少なからぬ人たちの「魂」が覚醒し始めたのではないか、私はそう感じています。
 
20世紀後半に起こったニューエイジ・ムーブメントは、従来の宗教によらずとも、心の癒しや瞑想によって自分の心の内に存在する神仏に出会える道があることを示してくれました。
 
科学の分野でも「量子力学」が、物質の次元を超えた世界が存在し、人間の想念エネルギーが現実をつくり出すことを解き明かしました。
 
時代は今、これまでの科学と宗教という枠を超えて、「肉体と魂」「この世とあの世」の関係を明らかにする「神仏の智慧」「多次元宇宙の真理」を求めているのではないでしょうか。
 
「心に積もった煩悩の塵を払ってゆけば、仏の智慧と出会える、私たちは本来、仏そのものなのだ」とブッダは説きました。
 
混迷を極めるこの世の悲惨な現実の中で、魂の存在に目覚めた人たちが、自らの心を浄化し、内宇宙に神仏との出会いを求めようとするムーブメントが、今静かに進行しているように私には感じられます。
 
このような「時代の衝動」を、私はかつて体験したことがあるような気がします。それは1970年代のことでした。
 
荻原くんも私も戦後のベビーブームの時代に生まれた団塊の世代で、大学に入った時、キャンパスには世界中で同時発生した反体制運動とカウンターカルチャーの嵐が吹き荒れていました。
 
この時代を生きた多くの若者たちは、これまで確かだと思っていた世の中の価値観や権威を次々と「自己否定」し、自分が生まれてきた意味を自らの心に問いました。
 
しかし、その解答はなかなか得られませんでした。結果が得られないことに疲れた若者たちの多くは、この問いを封印して、否定してきた社会体制に順応する道を選びました。
 
あれから五十余年の月日が流れ、かつての若者は、いつしか後期高齢者になりました。そして今度は、老いと病、死への怖れに背中を押されて、自分が生まれてきたことの意味を、再び自らの心に問うことになったのです。
 
「何のためにこの世に生まれてきたのか」この問いは、物質の次元だけでいくら考えても解答が出るものではありません。人間という存在が「永遠の生命を生きる魂」であることを思い出した時に、私たちは初めて納得できる解答を得られるのではないでしょうか。
 
魂の探求者たちは、肉体を脱いで魂に戻れば、これまでの転生の記憶が甦り、この問いに対する解答が見つかると言います。
 
確かに「死ねばわかる」のだと思います。しかし、死ぬ前にそれがわかれば、私たちの生き方は変わります。
 
過去世が今の私たちの人生をつくり出したように、今の生き方と想念が、私たちの来世をつくり出すとすれば、魂にとって「心の終活」はかけがえのない大切な時間になるのではないでしょうか。
 
荻原くんが「心の終活」に踏み出してくれたことは、60年来の友として何よりも嬉しいことです。これからは、一緒に霊魂の世界を探訪する「内宇宙の旅」に出かけられそうです。
 
荻原くんのメッセージの最後には、NATURE通信の「厳冬の滝」について、こんな言葉が添えられていました。
 
いやあ凄いですね。”凍り付いた滝”より『水が流れる氷瀑』がいいです。水が冷たそうで、いや手を触れてはならない神聖な流れで、厳しい寒さが聞こえてきます。私も-20℃の地で仕事をしたことがありますが、大したことをしなくてもどんどん体力が失われてドッと疲れてしまいました。
 
”撮影”が体力勝負+根性+幸運+発想の転換と愚老庵日記でよくわかりました。あまり死の淵に近づく様なことはしないで、楽しい撮影のNATUREも待っています。 
 
この言葉は、私がNATUREと愚老庵を続けてゆくエネルギーをフルチャージしてくれました。こちらこそ、ありがとうございました。
 
 
 

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◻️ NATURE通信 February 2026 「水の循環」
 https://nature-japan.com/nature-tsushin/

 

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Tags:内宇宙の旅

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