愚老庵ノートSo Ishikawa
仕事に哲学が必要になる時代

「これからの時代、仕事をする時に何が一番求められると思う?」先日、映像業界の先輩と会食した時、こんなことを問いかけられました。
IMAGICA(旧東洋現像所)グループの経営に携わってきたOさんが期待している答えは「生成AIを使いこなすスキル」なのではないか、そう答えようと思っていると、Oさんから耳を疑うような言葉が返ってきました。
「これからは、何よりも哲学が必要とされる時代になる」私にいつもこの世を生き抜く知恵をアドバイスしてくれる現実主義者のOさんの口から、こんな言葉が出てくるとは思いもしませんでした。
加速度的なテクノロジーの進化と戦乱による不安定な経済情勢、地球規模の天変地異などによって、これまで世界を支えていた秩序や社会規範が崩壊し、私たちは今「正解のない時代」の真っ只中を生きています。
このような不確実な環境を生き抜くために、ビジネスにおける羅針盤として「哲学」を取り入れる世界的企業が増えているとOさんは言います。
AIが知性で人間を超えようとする中で、「人間とは何か」という本質を追求せざるを得ない時代がやってきたというのです。
「かたち」にできる技術やサービスは、AIとロボットに置き換えられてしまうかもしれませんが、「かたち」になる前の「想いや動機」は、人間の心の中にしか存在していません。
「自分は何のためにこの仕事をしているのか」こう自らに問い、そのエネルギーがどんな想いから生まれたものなのか、自分の生き方の根源を探し求めることは、AIにはできません。
人間にしか成しえない仕事をするために「哲学」によって目にみえない意思のエネルギーの出所を自らに問う時代が、どうやら始まったようです。
「何のために働くのか」これまで私は、このことを突き詰めて真剣に考えてこなかったような気がします。それは、物心ついてからずっと、目隠しをされた競走馬のように「この世」の生存競争の中を走り続けてきたからなのかもしれません。
物質的な豊かさと社会的成功を追い求めて、いい学校に入るために勉強し、いい就職ができるようなスキルを身につけ、仕事に就いてもひたすら勝ち組を目指すというレースに「哲学」は必要なかったのです。

人は、心の中に潜むどんな想念エネルギーによって仕事をしようとするのでしょう。アメリカの心理学者マズローは、人間を自己実現に向かって絶えず成長する存在と考え、人間の欲求を5段階の階層に分類しました。
マズローの欲求5段階説
1. 生理的欲求 生きるための本能的欲求、食欲、睡眠欲など
2. 安全欲求 安全・安心な暮らしへの欲求
3. 社会的欲求 集団への所属や友人・家族とのつながりを求める欲求
4. 承認欲求 他者から認められ自分を価値あるものと思いたい欲求
5.自己実現欲求 自分の持つ能力を最大限に発揮し、
あるべき自分になりたいという欲求
人間の欲求は1から5へ、低次から高次の欲求へと順次に進化してゆくというこのマズローの成長モデルは、これまでビジネスの動機づけやマーケティングに使われてきました。
しかし今、戦乱による経済情勢の悪化や地球規模の天変地異などによって、自己実現の前提となっている低次の生理的欲求や安全欲求を満たすことが難しくなってきたのではないでしょうか。
巨大化した複雑な社会システムによって人と人との間に距離が生まれ、個人のセキュリティを守るための強固な防壁によって、人との温かいつながりを求めることも難しくなってきました。
子供たちは、親や学校よりもインターネットに情報を求め、SNSを通じて社会と交流するようになりました。そして「映え」を意識しながら「孤立」を恐れて、携帯端末を手元から手放せなくなっています。
その一方で、インターネットとAIが、これまでの既成のメディアや社会体制に風穴を開けてくれたおかげで、自己実現を目指す人たちには、多様な選択肢とチャンスが巡ってきました。
自分のやりたいことを仕事にできた人たちは、寝ても覚めてもそのことを考えていますから、生活の糧を得るために義務感で働いている人とは比べものにならないほど大きなエネルギーを仕事に注ぎます。
自分の持つ能力を最大限に発揮し、あるべき自分になりたいという自己実現欲求は、サブカルチャーやITの世界をはじめとする多様な世界で、己の道を極めようとするオタクやカリスマ、インフルエンサーを数多く誕生させました。
しかし、「数は力」というビジネスモデルによって、いつしかこの世の富と力は一握りの成功者に集中するようになりました。そして、勝ち組の飽くなき自己実現欲求は今、強者が富と力で弱者を支配するという世界的なトレンドをつくり出しています。
マズローが生きたのは、1908年から1970年、まだ物質的な豊かさへの憧れと科学への信頼、未来への希望が存在していた時代でした。
SNSや検索エンジンが個人の閲覧履歴や嗜好に基づいて情報をフィルタリングし、知らぬ間に私たちの「欲求」をコントロール時代が到来するとは、マズローは思いもよらなかったでしょう。
マズローは晩年になって、自己実現を達成したごく一部の人たちが到達する境地として、他者や社会に貢献しようとする「自己超越欲求」を新たに加えています。
それはマズローが、人間の飽くなき自己実現欲求の行き着く先を予感し、自我の限界を超えるための「次元の異なる欲求」が必要になると考えたからかもしれません。
自分の本能的欲望を満たしたい、自分が愛されたい、自分が尊敬されたい、自分の能力を発揮したい、これらの想いはすべて、自分ファーストの「自我」を発生源としたエネルギーです。
自他を分かち、自分さえ良ければと願うこの想念エネルギーは、いたるところで分断と争いを引き起こし、苦しみと悲しみに満ちた世界をつくり出します。
「自分は何故この世に生まれてきたのか」今、地球上には、自らの心にこう問わずにいられない悲惨な光景が広がっています。
この問いが発せられる時、心の深層で微睡んでいた私たちの魂が目を覚まします。それは、自我が物質の次元でいくら考えてもこの問いの解答を出せるものではないからです。
人間という存在が「永遠の生命を生きる魂」であることを思い出した時、私達は初めて納得のいく解答を得ることができるのではないでしょうか。
私たちの魂が本当に願っているのは、社会的に成功し富や権力を獲得することだったでしょうか、多くの人から賞賛されることだったでしょうか、飽くなき自我の欲求をどこまでも追い求め実現することだったでしょうか。
「私たちは何のために生まれてきたのか」その解答は、私たちが現在置かれている「場」と、日々出会っている人たちとの「縁」の中にもう既に存在していると、魂の探求者たちは言います。
志半ばで終わってしまった願いを成就するため、相手に対して行った行為を償うため、捻じれてしまった関係を結び直すため、私たちは何度もこの世に生まれ変わり、過去に縁を結んだ人たちと一緒に「魂の進化のドラマ」を演じると言うのです
しかし、肉体を纏ってこの世に生まれて来ると、私たちは「生きてゆくための仕事」に追われて、「本当に成すべき仕事」を忘却してしまいます。
「何のために仕事をするのか」心の深層に向かってこう問いかけて魂の記憶を呼び覚ますこと、正解がわからなくなってしまった時代には、それが何よりも大切になってくるのではないでしょうか。
魂の次元から汲み上げられた想念エネルギーが、この世の仕事を介在として、私たち一人一人に内在する「魂の願い」を成就してくれることを心より祈っています。
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