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愚老庵ノートSo Ishikawa

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当たり前の風景が失われてゆく時代

当たり前の風景が失われてゆく時代

地球温暖化による異常気象によって、9月に入ってから記録的な長雨と台風が続いています。降り続く雨を自然からのメッセージとしてそのまま収録してお伝えすべきなのか、それとも晴れるまでじっと待って太陽の光が降り注ぐシーンをお届けすべきなのか、今回は迷いました。

雨には雨の美しさがあります。見えない世界の助力があれば、雨ならではの神秘的なシーンを収録することができるかもしれません。

しかし、自分が視聴する側になったとしたら、これだけ雨が降り続いている時に、もうこれ以上雨のシーンは見たくはありません。今回のロケは、太陽の光を求めて、晴れるまで辛抱強く待つことにしました。

長期の天気予報を見ると、9月1日の時点では、雨マークが延々と続いていて、晴れマークが出ていたのは何と9月14日だけでした。

この日の夜明けに太陽を収録しようとすると、福島県の海岸まで足を伸ばさなければなりません。前の日の夜中まで雨が降り続いていたので、本当に太陽が顔を覗かせてくれるのか心配でしたが、晴れるというインスピレーションを信じて、午前一時半に吉祥寺を出発しました。

いわき市の薄磯海水浴場に到着したのは午前5時少し前、日が出る前の渚では、薄雲が南から北へと流れていました。太陽だけでなくこの雲の動きと波打ち際の変化を見せたい、そう考えて今回は広角レンズを使って、空と海と大地を切り取ることにしました。

待つこと三十分、オレンジ色の太陽が雲間から顔を覗かせました。それは、これまで幾度も見ている渚の日の出の風景でした。

しかし、この当たり前の風景に、私はこれまでになく深く感動していました。それは、記録的な長雨のせいで、ずっと太陽の眩い光に彩られた世界を見ていなかったせいかもしれません。

人は、当たり前のように見ていた景色が見られなくなった時、はじめてその大切さに気づかされます。今回の収録で太陽の光と再会した時、私はその当たり前の「有り難さ」に感動したのだと思います。

海での収録を終えた後、貴重な太陽の光を生かして、曼珠沙華を収録しようと思っていましたが、見当をつけていた撮影場所に行ってみると、今年は長雨の影響で花の状態が悪く、どう頑張っても画になりそうもありません。

渓谷はどうだろう、そう思っていわき市の北にある夏井川渓谷まで足を伸ばしてみましたが、こちらも長雨の影響で渓流が土砂で濁っていて、心惹かれるシーンを探すのに苦労しました。

夏から秋にかけて十分な日照時間がなければ、紅葉も鮮やかにはなりません。このぶんだと今年は、紅葉もあまり期待できないでしょう。

集中豪雨や台風による洪水や土砂災害、浸水被害が連日のようにメディアを賑わしていますが、地球温暖化による異常気象が、こんなところでNATUREの収録に影響しているとは思いもよりませんでした。

思いもよらないと言えば、ロケに出る数日前に、自然と共生する住まいづくりを提唱している友人から、こんなメッセージが送られてきました。

ロシアとウクライナの戦争、イスラエルとハマス / ヒズボラの戦争、アメリカとイランの戦争、これらの戦争ではとんでもない量のミサイルと爆弾が使われ、その爆発から発生する熱量とCO2は桁違いに巨大であり、それが地球温暖化による異常気象に大きく影響しているのではないかと推測しています。

中東地域での戦闘による熱気とCO2濃度の高い空気は、1週間から10日ほどで日本にやってくるようです。北半球の気圧配置がこのところおかしな具合になってきており、特に台風の通過ルートはかつてないような信じられない動きをしています。

宇宙ステーションから実測すれば一目瞭然なのでしょうが、これはタブーなんでしょうね。

さすが気候と住環境のエキスパート、鋭い指摘です。私はこれまで、戦争と異常気象を結びつけて考えたことはありませんでした。

今地球上で起きている戦争はなかなか終わりそうもありません。それは戦争が経済と深く結びつき、巨大化した産軍複合体が自らを維持するために戦争を必要としているからだと言う人がいます。

戦争による需要を金儲けの手段にするだけでなく、投機によって利益を貪ぼろうとする金の亡者たちが、戦争によってマーケットをコントロールしている限り戦争はなくならないと私も思います。

今、ビッグテックを中心に、AIを動かすためのデータセンターへの投資が、年間100兆円を超える空前の規模で拡大し、世界中が競ってそれを追いかけています。

生成AIを動かすための膨大な電力消費によって排出される熱とCO2は半端なものではありません。これから先、戦争に加えて世界中のデータセンターから排出される大量の熱が地球温暖化をさらに加速することになるでしょう。

AIの暴走リスクを懸念した業界のトップや研究者から、開発の減速や一時停止を求める声が相次いでいますが、データセンター建設をめぐる時代の狂騒は、もはや止められそうにはありません。

これから先、加速度的に進行する地球温暖化によって、集中豪雨による河川の氾濫や土砂災害、猛暑や旱魃、高潮や多発する台風などの自然災害が多発し、生態系や食糧生産は深刻な打撃を受けるでしょう。

そして、手に入りにくくなった食糧や資源エネルギーを奪い合う熾烈な争いが世界中に拡がるでしょう。もしそこに、火山の噴火、地震や津波などが加わったとしたらどうなるでしょう。

私たちが科学技術と巨大な社会インフラによって築き上げてきた「安全で快適な暮らし」は、もはや風前の灯なのではないでしょうか。

テクノロジーによって物質的な豊かさを極めようとした現代の物質文明は今、破局に向かって突き進んでいるように思えます。そして、今年に入ってからそのスピードが急速に上がったように私には感じられます。

ついこの間まで、自分が生きているうちに天変地異は起こらないし、AIが人間の知能を超えるシンギュラリティは来ないだろう、そう思っていたのですが、どうも雲行きが怪しくなってきたようです。

クライアント仕事を卒業させていただき、この世の喧騒を離れ、のんびりとNATURE三昧の日々を送るつもりでいたのですが、時代の大波はすぐ足元まで迫ってきているようです。

1ヶ月ほど前、かつてクライアントとして一緒に知恵を出し合い動画コンテンツを制作してきたYさんにお会いしました。Yさんは、医療機器メーカーをリタイアされた後、メーカーにとらわれない自由な立場で、医療機器のコンサルタントとして元気に活躍されていました。

Yさんはサイト開設時から、ずっとNATURE JAPAN を支援してくださっていますが、そのYさんから思いがけない言葉を聞きました。

「近頃、NATUREを見ていると、ソイレントグリーンという昔見た映画を思い浮かべてしまうんです」

ソイレントグリーンは、環境破壊と急激な気候変動によって食糧難が常態化した近未来のニューヨークを舞台にしたディストピアSF映画(1973年公開)です。

超格差社会となった世界で、人々は政府から支給される栄養食品を待つだけの無為な日々を過ごしていました。ソイレントグリーンとは究極の栄養食をうたう新製品の名前で、実はその製品は人間の死体からつくられた合成食品だったのです。

食料品になるために安楽死へと向かう人々の目の前には、かつての美しかった地球の自然風景が次々と映し出されます。

当時この映画を観た時、私はこのシーンに言いようのない衝撃を受けました。あれから50年以上経っても、私はこのシーンを忘れることができません。

NATUREがこんなふうに使われる時代が来るかもしれない、Yさんと同じように、私は今でもそんな想いに捉えられることがあります。

今、現代の物質文明が引き起こした環境破壊と気候変動によって、私たちの周囲から、宇宙の秩序と調和した美しい自然風景が次々と失われようとしています。

当たり前のように傍らにあった美しい風景が失われてしまった時、私たちは、はじめてその「有り難さ」に気づくのかもしれません。

大自然が造り出す神秘的で精妙な生命のリズムを、今のうちならまだ、記録して未来に残せるかもしれない、そんな想いが心に湧き上がってきます。

しかし、どんなに頑張って記録したとしても、この文明が崩壊して記録媒体と再生装置が機能しなくなってしまったら、それは徒労に終わるでしょう。

NATUREを未来の世界に伝え残そうとするなら、人間の意識を記録媒体にして、永遠の生命を生きる魂の記憶の中に残すことを考えなければなりません。

それができれば、たとえ今の文明が滅び、私たちの肉体が失われたとしても、想念帯に刻まれたNATUREの記憶は、私たちの魂が故郷に還るための道標となってくれるでしょう。

そのためには「大自然の生命のリズム」をしっかりと記憶に残してもらえる「機会」と「場」をもっと積極的につくり出してゆかねばなければなりません。

高精細な大画面による視聴会の開催や、ホスピスや待合室など医療施設でNATUREを放映してもらうための仕組みづくりなど、新たな活動を始めなければならない時が来たようです。

ずっと先延ばしにしていた新しい作品集を公開し、新たな活動への支援をお願いするために、NATURE JAPANのウエブサイトもリニューアルしなければなりません。

当たり前だった世界が崩壊してゆくスピードが早まれば、やるべきことの締め切りも早まります。もう少しのんびりしていたかったのですが、どうやらその時間はなさそうです。

覚悟を決めて、もう一度この世の流れに飛び込むことにしました。体力が落ちているので溺れるかもしれませんが、その時はその時です。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒ご支援をお願いいたします。

 

LINKS

◻️NATURE通信 September 2026 「太陽との再会」
https://nature-japan.com/nature-tsushin/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026/9/25

Tags:NATUREへの道

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